2013年04月05日金 夕方6時ごろに面会。眠るための薬を使っていないので意識がある。 口から管を入れているために話すことはできないが, こちらの言うことは分か る。指で看護婦さんの手のひらに「さむい」と書いてタオルケットを1枚追加し てもらっていた。体温は38.5度 これから口に入れている管がはずすことができるかどうか検査してはずす予定。 2013年04月06日土 9時27分に B (B ということは後から分かった)医師から電話あり。 折り返し電話がほしいとのことで11時07分頃に何回かかけたが誰も出ず。 代表番号にも1回かけたがつかまらなかった。 夕方5時ごろから面会。管がはずれていなく薬を使って眠らせている。看護婦さ んは熱のためはずせなかったと言う。熱は38.4度。 しばらく待てば B 医師と話ができるとのことで30分?ほど待つ。管を抜けな かったのは39度の熱と抜こうとしたところ呼吸が乱れたりしたので止めたとの こと。この状態が繰り返されたり長く続くと良くないので(切開して)喉から管を 入れることも考えている(管を入れていない状態から入れる必要が生じたときに 早く対処できるとのこと)。そうすると話せるようになる。 B さんの話を聞いた後でまた面会すると体温が 39 度(午後6時過ぎか?)に なっていた。 2013年04月08日 月 17:05 に面会。体温は 38.6度。意識レベルは6日より良い。手を握ると握り返 してくる。目も時々開ける。 医師の話を聞くために面談室で 17:15 頃から待つ。17:50 から外科の C 医師 から話を聞く。意識レベルは高く, 麻酔を弱めれば意識が普通に戻るので気管に 入れているチューブを抜くことも考えられるが危険もあるので様子を見ている。 もうすぐ根本の原因が分かるのでそれから処置を考えることになる。まだ全ての 検査結果が出ていないので結論は出ていないが, 悪性リンパ腫である可能性が高い。 説明後, 再度面会に行く途中で他の患者さんの緊急処置のために別の面談室で待 たされる(18:00 少し前)。(他の患者さんの緊急処置のため)面会は短時間にして ほしいとの事で短時間の面会の後 ICU を出る(18:15)。 2013年04月09日火 18:10ごろに面会。体温が 39.2度。昨日は手が冷たかったが今日は暖かい。それ 以外は昨日と同じような感じ。外科の C 医師から明日診断が決定するので, 治 療法も決まるとのこと。 2013年04月10日水 18:50ごろに面会。体温が 38.5度。リウマチ血液感染内科の D 医師 (L 医師同席)より話を聞く。病名は悪性リンパ腫(これは予想通り)。 抗がん剤治療をすぐにやりたいとのこと(これも予想通り)。ただし生きてICU を 出られる可能性は 10 %程度(予想外, びっくりした)。衰弱しているのでそのよ うな数字になるとのこと。今, 治療をあきらめて管を抜くと選択もある(向こう がこのことを積極的に言ったのではなく, 僕が聞き出した)。2,3日は生きて 話もできるかもしれないとのこと(抗がん剤治療がうまくいかなかったときはそ のような機会がないだろうとのこと)。緊急手術だったので言いたいことがあっ たような気がしてならないので, 治療をあきらめるという選択肢あると悩んだ。 10 % に賭けて抗がん剤治療をすることを決断した。決断した以上, 治療がうま くいくことを願うだけだ。 2013年04月11日木 面会前の 16:00 頃から血液内科の D 医師から話を聞く(F, I さんと 一緒に)。その後, 外科の医師からも話を聞(新たな腸の穴に対応しての処置をやっ ている)く。血液内科よりは楽観的(厳しい状況である点では変わりないが)。その 後面会したが, それ程悪いようには見えない。体温は36.5度で今までで一番いい。 「今日これから木下さん(二人の共通の友人)に会う」と話したら頷いて微笑んでいた。 帰り際に何か話していたが内容は分からなかった。 2013年04月12日金 面会前の 15:50 頃から D 医師から話を聞く。思ったより経過がいいとのこ と。来週の月曜からステロドだけでなく抗がん剤も使う予定だとのこと。面会し てみると確かにそれ程悪くない。体温 37.5 度。いつも 38 度以上あったのでよ い。看護婦はステロドを使うと体温が下がるので体温について状況は前とあまり 変わっていないのではないかとのこと。 看護婦の方がいろいろこう言っていたと知らせてくれました。どうしてそういっ ているのが分かるのか聞いてみたら, のどと口の動きで分かって想像して, そう なのか声をかけて分かるのだそうです。「(鎌倉に)帰りたい」とも言っていたよ うですが, 確認すると首を横に振っていました。 その後で, 2階で待っていた F さんとも会った。 2013年04月13日土 17:45 頃から面会。体温 37.2 度。透析はしていない。意識レベルは低い。麻酔が 外科が管理しているころより強いのか。18:03 まで面接。 2013年04月14日日 17:20 頃から面会。体温 36.8 度。17:35 に途中退場して E さん夫妻と2階で会い, 戻って「また 明日来る」と言った。E さん夫妻と横浜の いらか で会食。 2013年04月15日月 19:00 から 19:18 ぐらいまで面会。意識レベルが低いので, 最後の「明日また来るからね」に頷 いたのが確かに取れた意思疎通。 面会の前に D さんを含む二人の血液内科の医師の話を聞きました。 腎不全の状態なので透析を始めていました。その他の臓器も弱っているようで す。その原因は腸に開いた穴と子宮の腫瘍なのですが, 腸に開いた穴には手が出 せないので腫瘍を小さくするための抗がん剤しか打つ手がないので決断したとの ことです。 前の決断(抗がん剤治療をやるという)が良かったのかと D さんが言ったのはかなりショックだった。 ほとんど可能性がないと思って治療に当たっているのが良くないのではないか。治療する側もうまく いくと信じてやって欲しい。 2013年04月16日火 I さんと18:10ぐらいから面会か。状態は15日の話と比べるとよさそう。安定している感じ。 帰りに I さんと磯っこで寿司を食べる。 2013年04月19日金 2013年04月20日土 F さんと一緒に面会。16:40から17:10ぐらいか。血圧は 150/71 位で安定しているようだ。 F さんが自転車で通勤が悪性リンパ腫の原因とか声をかけてはいけないなど見当違いのことを言う。 D 医師に話を聞く。状態は安定している, 来週の後半ぐらいから白血球が減る可能性があるので注意と のこと。D 医師が F さんに声をかけたほうがいいといってくれた。 2013年04月21日日 19:30から19:45ぐらいまで面会。顔のむくみは少し減った感じ。意識レベルは大きな声で呼ぶと 目を開ける程度。いろいろな数値は次の通り。 115 115 152/73(98) 99 245 19 39 37.3 上から二番目は血圧, 一番下は体温 2013年04月22日月 18:35 から18:50 ぐらいまで面会。意識レベルは昨日と同じぐらい。 117 118 134/59 (79) 97 263 25 39 38.1 2013年04月23日火 19:30から19:50ぐらいまで面会。 113 113 145/66(91) 100 19 19 40 37.8 D 医師から話を聞く。ICU から出られるようになるかもしれない(ICU が満室なので出される可能性もあり)。 出た場合一人部屋になるために差額(6000円 or 9000円)を取られる。 透析を止めている, 血圧を上げる薬も減らしている。腫瘍は少し大きくなっている感じ。今週の後半からは白血球 が減少する可能性がある。 2013年04月25日木 16:36から17:00ぐらいまで面会。 113 113 124 54(72) 98 16 32 29 38.1 途中, 「帰っていいか」と聞いたら首を横に振った。 2013年04月26日金 17:50 頃面会中の値 95 95 169/72(97) 100 18 14 32 37.7 今日も途中, 「帰っていいか」と聞いたら首を横に振った。その後少しいて木下さんと食事ということで また明日といって出てくる。 木下さんと 19:30 位から食事 2013年04月27日土 97 98 154/62(92) 99 5 21 30 37.8 16:?? から面会。途中, 水が飲みたいという。飲むのは無理だが口を濡らすぐらいならいいと看護婦さんが 言うが濡らすだけならいいということでしない。 17:29 に外に出る。海辺の散歩道の人なれした野良猫(それ以外の野良猫は土曜で釣り人が多いせいなのか見 かけなかった)の写真を撮る。 2013年04月28日日 101 102 147/67(93) 241 97 30 38.5 上の表の表示法が変わった。 今日は長くいた(16:30から19:15ぐらいか)。昨日撮った猫の写真を見せたがよく見えないよう(写真がよくないせい)。 途中苦しがる。看護婦さんを呼んで聞いてもらったら痰がのどに絡んだせい。看護婦さんが痰を吸い取ってくれる。 しばらくすると, また苦しがるので「痰を吸い取ってもらうか」と聞いたら頷くので看護婦さんを呼んで取って貰う。 さらに云いたいことがありそうなので, 看護婦さんに読み取ってもらうと「トイレ(小)に行きたい」とのこと。行か なくてもいいのだと看護婦さんが説明していた。 2013年04月29日月 112 113 160/72(100) 179 100 30 38.4 最初に僕だけで面会し I さんと一緒に面会。途中, I さんは退室。意識レベルは非常に高い。 気分もよさそう。19:00 ぐらいまでいたか? 2013年04月30日火 99 99 141/63(88) 244 99 31 38.7 18:40 位の値。抗がん剤の量を普通の3/4まで増やしたとのこと(今までは1/2)。今日はあまり話を聞きた くないようだ。どうしてか聞いたら「眠い」とのこと。19:05 ぐらいまでいた。腫瘍が程よく小さくなる ことを願っている。 2013年05月01日水 17:33 から 19:25 まで面会。 99 99 137 67(96) 180 100 26 37.8 明日, D 医師から話があるとのことだったが, 帰り際に D 医師に会って話を聞く。 腫瘍が小さくなっているとのこと。だだその結果, 腸から出血があり輸血したとのこと。 その結果, 血圧なども安定し大きな問題はないとのこと。 長時間の面会となったのは言いたい事があるのでそれを聞き取ろうとしたためだが, 分からなかった。 2013年05月02日木 18:20 から 19:29 まで面会。 100 99 150/80(110) 245 98 37 37.7 今日, 言いたい事が分かった。「ICU から出て一般病棟に移りたい」「診療について不安がある」 これだけのことが分かるのにほとんど全ての時間を費やした。 精神科のチームから診療内容について説明があった。 2013年05月03日金 18:40から19:55まで面会。 84 84 172/85(116) 0 100 30 37.8 言いたい事がさらに分かった。「ここを出て昭和大学病院にすぐに(4日にでも)移りたい」「昭和大 学病院で最近手術を受けた」「昭和大学病院に移りたいことは市大付属病院関係者には秘密に」 昭和大学病院はいくつかあるが横浜市内ということで横浜市北部病院か藤が丘病院か。聞いたところ 「そのどちらかだろう」とのこと。「鎌倉の家の自分の部屋の大きな机の上に昭和大学病院で手術を受 けた時のレシート(医療費の明細書)があるから, それを見ればどの病院か分かるはず」 鎌倉に帰って机の上を探したがレシートは見当たらない。机の下の移動式棚の中にいくつかの医院の明 細書があった。雪ノ下クリニック, 清川病院など。それらと同じところに昭和大学病院のレシートもあ るとのことなのだろうか。4日の早めに面会する人がいたら以上のことを確認して結果をメールで知らせ て欲しい。「昭和大学病院で最近手術を受けた」は初耳だし本当だろうかと思う。妄想だとしてもなぜ 昭和大学病院という名前が唐突に出てきたのだろう。 とにかくこの三日間は疲れた。 2013年05月04日土 18:40から19:15まで面会。 97 96 143/83(103) -1 99 23 37.3 昨日言ったことを覚えているか聞いたら, 覚えているとのこと。昭和大学病院に移りたいとの気持ちは変 わらないのかに対しては, 変わらないとのこと。机の上にはレシートは無かったといっても強い反応はな し。昨日より落ち着いていてどうしても昭和大学病院に移りたいという感じではない(諦めた?)。 輸血がいやだと D 医師にした話を看護婦の前でしたら嫌がった。嫌がったけど D さんが説明したら納得 したと D さんが言っていたといったところ, 納得してないとのこと。 2013年05月05日日 18:39から19:20まで面会 131 130 181/73(102) 168 94 30 38.7 処置に不満があると言った。どのような不満かは疲れたので次回。 2013年05月06日月 17:58から18:14まで 134 134 150/65(90) 255 99 32 39.2 眠っていて話ができなかった。苦しむので睡眠薬を使ったとのこと。体温が高いのが心配。 2013年05月07日火 19:00から19:30ぐらいか。 ICU から血液の病棟に移っていた。やはり眠っていて話はできず。D 医師の話を聞く。 黄疸の状態は横ばい。白血球の値は下がっている(予想通り)。免疫力が弱っているので感染症 などに対する注意が必要。腫瘍は触診で分かるほど小さくなっている(まだかなり大きいが)。 他の値(腎機能, 血圧)はよくなっている。 2013年05月08日水 19:00から20:00? 意識レベル低く話はできない。 2013年05月09日木 19:00から20:00 意識レベルは少し高くなって頷いたりできるが, 黄疸等が心配のため, 明日 D 医師から電話をくれるように頼む。 2013年05月10日金 面会なし 東工大に行こうとしたころに D 医師から電話あり。 2013年05月11日土 16:00 から 19:00? 2013年05月12日日 面会なし 2013年05月13日月 5月13日には喉からの酸素の補助がなくなりお腹から外に排出する管が4本から 3本に減りました。15:50 位に部屋に着いたのですが, 部屋が空になっていたので びっくりしましたが CT を撮りに行っていたとのことでした。CT から帰ってきた 後セッティグなどに時間が掛かりなかなか面会ができませんでした。その後も手 術の傷口の治療などで面会が中断されて 15:50 から 19:50 までいたのですが実 質の面会時間は1時間ほどでした。最初に述べたように今までついていた機器が はずされているということは順調に事態が進行している現れですが, 39度以上の 熱が続いているのが心配です。 また, 5月3日ごろのようには意識レベルは高くなく, 話したがる様子はありま せんでした。高熱が続いているせいかもしれません。 2013年05月15日水 20:20 ぐらいまで面会。お腹から外に排出する管が4本に戻っていた(昨日戻した模様)。 途中で治療で中断あり。CT の写真を見ながら D 医師のはなしを聞く。 腫瘍はかなり小さくなって腫瘍でお腹が膨れていたのが平らになっている。体積にすると1/2ぐ らいになった感じ。明日は腸に造影剤を入れて撮影し, 腸から栄養が取れるようにできるか調べ るとのこと。体温が 40.3 度と今までで一番高い。意識レベル高く話したい模様。 2013年05月17日金 16:40 から 20:20 ぐらいまで面会。途中で2時間以上の中断(D 医師は 1 時間弱の治療といっていた が。17:30-19:45ぐらいか)。治療の前は管が2本に減っていた。意識レベルは痛み止めのためか高くない。 治療の前の D 医師の話: 今日の体温は38度代。切断された腸の片割れが分かりゆるく縫合した。造影剤撮影 で分かったのだが, そこ以外には穴はないとのこと。産婦人科の医師は子宮にも穴はないとのこと。そのため お腹に入れている管を二つに減らし様子を見ている。切断された腸の縫合がうまくいき腸閉塞などの症状がな ければ人口肛門にしなくても済むかもしれない。腸閉塞の症状が見られたらゆるく縫合箇所から治療する。 17:30 からの治療の後で管が 4 本に戻っていた。D 医師の話を聞くことができなかったので 18 日に電話で 聞く予定。